記事一覧

『フィクサー』試写会

先日の『ノーカントリー』とともに、米アカデミー賞各部門にノミネートされた作品なので、かなり楽しみにしながら観に行ってきた。う~ん…面白くないとは言わないが、面白くなるまでに相当の忍耐が必要な映画だったような印象だ。私は例によって、なるべく情報に接しないようにしていたため、かろうじて「フィクサー」なるものが、この映画ではどういう人を指すのかという程度の予備知識しかなかったのだが、むしろ出来るだけ予備知識を入れてから鑑賞したほうがよかったかも知れない。

続き
忍耐が必要というのは、何もかったるいとか、起伏がないなどという意味ではない。むしろ逆に展開が速く、理解が追いつかないのだ。色々な立場の色々な人が登場し、それぞれの人物がどの側のどういう位置にいる人かがなかなかつかめない。どこかで、その錯綜の糸がパッとほぐれるのだろうと期待していたが、話が見えてきたのは、もう三分の二くらいの時間が経過してからやっと、という遅さなのだ。こちらが少々眠くて頭がぼんやりしていたせいもあるだろうが、この映画は最初から克明に人物関係を注視していないと、なかなか入り込めないように思う。ごちゃごちゃしすぎていて、前半はわけがわからないというのが正直なところだ。結局、あまりサスペンス仕立てを意識してしまったために、ジョージ・クルーニー演じるマイケル・クレイトンが、フィクサーとしての自分の仕事にジレンマを感じるようになってきているということなどは、まったく伝わってこなかった。また、クレイトンの家族や妹の家族なども登場するのだが、単に挿話にすぎず、クレイトンの人物像を補完する役を果たしていない。人間を描こうとしてはいない作品だから、それでよいのだといえばそれまでだが、そういう意味で、好きなタイプの映画ではなかった。もし2度目を観るとすれば、もう少し楽しめるかも知れない。

観終わってから整理すると、ストーリーは以外に単純だった。ただ途中で冒頭のシーンに戻るなど、時系列を入り組ませているために、一見複雑そうに見えるだけだ。つまりは、物語にそう深みがないために、頼みの綱は俳優たちの演技ということになる。アーサー役のトム・ウィルキンソンがともかく凄い。台詞を機関銃のように放ち、精神を病んだ男をすさまじい迫力で演じ、もっとも印象に残った。映像やカメラワークはとても綺麗で好ましい。

(2008.3.13 ヤクルトホールにて)

映画公式サイト

トラックバック一覧

コメント一覧