全世界で800万部以上の売り上げを記録した大ベストセラーが原作の作品であるし、2月9日からの上映館のひとつが恵比寿ガーデンシネマであることから興味を持ち、試写会に応募した。観たい映画を選ぶときの判断基準のひとつとして、恵比寿ガーデンシネマで上映される作品にはまずハズレがないという考え方が私にはある。試写会場は立ち見が出るほどの盛況ぶりで、関心の高さがうかがえる。重い民族の問題がベースにありながら、その重さを飛び越えて、人間の尊厳という普遍的なテーマを鮮やかに爽やかに浮かび上がらせた見応えのある作品だった。
冒頭こそ、子役の台詞が硬く思え、入り込みにくい印象があったが、重要な要素となる凧揚げのシーンあたりから、どんどん物語に引き込まれていった。アミールとハッサンふたりの少年の友情、愛、信頼、絆、過ち、後悔といったものを描いていると解説がなされているが、むしろ迫ってきたのは、大人たち、とりわけ主人公アミールの父親(ホマユーン・エルシャディ)アミールの恩人(ショーン・トーブ。父親の友人かと思うが、人物設定がよく飲み込めなかった)、アミールの家の召使、後にアミールの義父となる将軍、彼らそれぞれの生き方だ。それぞれの置かれた立場は異なっても、自らの信念に基づく誇りの高さが、物語を支えているように思える。また、カブールの戦火前の活気と、後にタリバン独裁政権によって崩壊した骸のような静けさの対比、平和な時代に凧が舞う抜けるような青空、不気味なタリバンの拠点の背後に気高く聳えるヒンドゥークシュ山脈の雪をいただいた峰々など、映像も美しい。印象に残ったキャストは、やはりホマユーン・エルシャディだ。バイタリティーあふれる若き父親の時代から、病を得てみまかる晩年までを、息子に対する愛情と誇りの念とを軸に、実に丁寧に演じている。
この作品の原題は"The Kite Runner"だ。「凧を追う人」といった意味だが、邦題には映画の中で2度出てくる「君のためなら千回でも」という、印象的な台詞を使っている。原語(バシュトゥー語?)では、きっと「君のためなら千回でも」というのは慣用句なのだろう。邦題は例によってあまり気に入らない。そのシーンで、ああここの台詞をタイトルに使ったのか、というふうに納得してしまうと、ここがポイントなのだと押し付けられたようで、ちょっと不愉快になる。あの台詞はもっとサラッと聞きたいものだ。あまり意識していなかったところへ、エンディングになって同じ台詞をもう一度聞けば、そこで観る者に作者の確固とした意思が伝わるという効果があるはずだ。先入観を与えられてしまったことが、ちょっと残念である。
(2008.1.30 東商ホールにて)