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『ラスト、コーション』

2007年ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞に輝いたこの作品。評判の高さに、かなり期待して観に行った。期待は裏切られず、あらゆる意味で圧倒的なスケールを感じさせる作品だった。これを観たあとでは、しばらくどんな映画を観ても、ふやけて見えるのではないかと思うほどの迫力の骨太な作品で、大変面白かった。

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1942年、日本軍占領下の上海と、その3年前の香港が舞台。実際には知らなくても、まさにこうだったと感じさせるような不思議な感覚を覚える。町並みや風景でその時代、その場所を描くのではなく、すべては人だ。アン・リー監督の徹底した演出は、キャストに相当の事前勉強を強いたようだが、それが見事に実を結んだと言えるだろう。傀儡政権の手先となった側は裕福な暮らしをしているが、何とはなしに退廃的で、夫人連も着飾って麻雀に興ずるしか楽しみがない。麻雀のシーンが多く出てくるが、これがとても印象的だ。抗日運動に情熱を燃やす若者たちは、多少幼稚だが、貧しくとも清潔感と躍動感がある存在として描かれる。

上海でのイー(トニー・レオン)とワン・チアチー(タン・ウェイ)との官能的な濡れ場が、この作品における話題の中心であるが、ワンが学生演劇をやっていたことは重要な伏線となっているし、香港でのイーとの初めて出会いの場面も見応えがある。まだワンがイーの愛人になる以前の目と目のやりとりは手に汗握るサスペンスのような魅力がある。ここからすでに戦いが始まっている。いずれは関係を持つ予感を互いに持ちながらの駆け引きに、観ている側はどんどん引き込まれてゆく。そう、この二人の性愛描写は、まさにそれぞれの命を賭けた戦いと言える。イーはワンが信じられる女かどうかを知るために、自分のありったけをぶつけてワンに挑みかかる。ワンはイーを落とすためには姑息なことをやっても駄目だと賢くも悟り、本気で男を受け入れる。受動的に受け入れるのではなく、攻撃的な受け入れ方だ。学生演劇の舞台で、演じることの醍醐味を知ったワンは、イーと出会ったときに、マイ夫人を演じるためには、身も心もマイ夫人になりきらなくてはならないことを直感したのだろう。肉体をぶつけ合うことによって、お互いの心までお互いが入り込んでゆく過程を物語る長い性愛描写はやはり圧巻である。極めて肉体的な交わりであるのに、そこには精神性までもが映し出されている。これほど必然性があって、雄弁なベッドシーンは、今までに観たことがない。

ワン・チアニー役の人選が相当大変だったろうというのは想像に難くない。学生としてのあどけない清潔感もあり、マイ夫人としての色気や強さ、あらゆる資質を兼ね備えた素晴らしい女優さんだと思う。トニー・レオンのゾクッとする眼差しの色気は今更言うまでもない。

最後の最後でイーを逃がすワン。ワンが敵だとわかっても、過酷な取調べをさせずに彼女を処刑場へと送るイー。極限の中での二人の間にあったものは、やはり愛と呼べるものだったろう。処刑の時刻を知らせる時計の音にビクッとするイー。ラストシーンで、自分の居場所ともいうべき女を失ってしまったイーの孤独と寂寥感が胸を打った。

(2008.2.20 シネリーブル池袋にて)

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