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『明日への遺言』

終戦から半世紀以上も経った現代において、戦争映画(と呼ぶのはいささか語弊があるが)で何を描くべきなのか、戦争映画はどういう意味を持つのか、という視点に立ってみると、この作品はその問いに明確な答えを用意してくれているように思う。戦争の悲惨さや平和の必要性を声高に唱えるのでもなく、個人を英雄に祭り上げるのでもなく、犠牲的精神を讃えるのでもなく、そこにあるのは、時代を超えて訴えかけてくる人間の尊厳のあり方そのものだった。

続き
岡田資中将という人のことは、かすかに聞いた記憶がある程度で、大岡昌平原作の『長い旅』は読んでいない。あの時代の軍人で、このような高潔な人物が存在したという事実にまず圧倒された。

ほとんど法廷での裁判シーンが展開されてゆくのに、だれることも飽きることもいっさいない。こちらも傍聴席に座っているかのように、裁判官、検察、弁護士、証人、そして被告それぞれの言葉に聞き入り、表情に見入ってしまう。カメラワークや照明の素晴らしさを讃えないわけにはいかない。

藤田まことさんは、以前から好きな役者さんだが、これほど素晴らしい演技を見たのは初めてだ。ゆるぎない信念に支えられ「法戦」をつらぬいた岡田質その人を、演技とは思えないほどの存在感で見せてくれた。きっと来年の各映画賞では、藤田さんが主演男優賞にノミネートされるだろうという予感がする。

その藤田さんと比べて、弁護人役のロバート・レッサーさんの少々ひ弱な印象は仕方のないところか。検察官役のフレッド・マックイーンさんは、キャリアの少ない割りに好演だと思う。顔を見ると、まぎれもなくスティーヴ・マックイーンの息子なのだが、演技の質が違って、父親を彷彿させないところが良かった。ほとんど台詞のない富司純子さんと、長台詞のある藤田さんの対比の妙や、殺風景な拘置所内のシーンをきちんと描いているところなど見どころが多く、やはり監督の手腕に拍手を送りたい。

観る前に唯一気になっていたのは、主題歌を森山良子さんが歌っていることだった。実は私個人は森山さんの歌はどうも好きになれないのだ。けれども、エンディングで歌を聴いたときに、歌い上げるのではなく、まるでインストルメンタルのように淡々と清々しい歌唱法だったので、好感が持てたしホッとした。

誰もが語ることであろうが、現代では空疎になってしまった「責任」という言葉の重みを、これほど感じさせてくれた作品はない。様々な分野でトップに位置する人たちにこそ、観てもらいたい映画だ。もちろん、戦争のことを何も知らない若い人たちにも、人間が人間であることを全うするとはどういうことなのかを、押し付けではなく自然に感じさせてくれる映画だろう。処刑場へ向かう岡田中将に、私も深く一礼したいと心から思った。

(2008.3.11 ユナイテッド・シネマとしまえん にて)

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