友人の誘いで試写会に行くことができた。2007年のカンヌ映画祭で、監督賞と高等技術賞を受賞した作品だし、2008年のアカデミー賞にも、主要4部門でノミネートされているということから、当然期待はできた。ただ、「20万回の瞬きで自伝を綴った、驚異の実話。アカデミー賞最有力!涙きらめく、愛の感動作」というキャッチコピーに、やや薄ら寒い印象を感じていた私は、どうか泣かせようとする押し付けがましい作品でありませんようにと、祈る気持ちで会場に向かったのだった。そして、その懸念は杞憂に終わった。「20万回の瞬き」という感動要素を中心に据えるのではなく、いかにもフランスらしい、ちょっとブラックなウィットに飛んだモノローグと、カメラワークの見事さで、極めて新鮮な映像作りがなされている。観てよかった!
構成が面白い。時系列に沿った物語の展開ではなく、主人公のドミニク・ボビーが病院に担ぎ込まれて意識を取り戻すところから、映画が始まり、ほぼ主人公の目線で話が進んでゆくのだ。目線というのは、ストーリー展開ばかりを言うのではない。映像が彼の視線そのものであることが、刺激的なのだ。片目しか見えず、しかも目の真ん前に対象が来ないと見えない。これをカメラが忠実に再現してゆく。映像のボケ具合、ゆがみ具合など、これは相当の試行錯誤を経て作られた映像なのだろうと、まずそこに感動した。
左目を瞬きすること以外、体のどこも自分で動かすことができない状態に自分が置かれていると理解したときの主人公の絶望感は、いかに言葉を尽くしても描ききれないはずだから、それを潜水服という心象風景に置き換えている。ここもお涙頂戴にならない、うまい処理の仕方だと感心した(原作がそうであるわけだが)。二人の美人療法士を前にしたときの、いかにも以前プレイボーイだったことを思わせるドミニクのモノローグ。このあたりの心理の描写がとても生々しい。悲しいところはサラッと、楽しいところ、エロティックなところは丁寧に描いているので、観ている者を落ち込ませない。それでも、ドミニクの父親がドミニクに電話するシーンは、泣きそうになった。この父にしてこの息子あり、互いのことが痛いほど理解できる父子の間に通い合う感情が、心を打つ。父親役のマックス・フォン・シドーが素晴らしい。女優さんたちも皆よいが、あまり綺麗な人ばかりなので、どれが誰だかちょっとわからなくなる時もあった。
別の見方をすれば、とりわけフランス語を勉強中の学生さんなどに、ぜひ観てもらいたい作品だ。台詞が平明で、とても聞き取りやすいし、同じフレーズが何回も出てくるし、勉強にもってこいだ。一文字一文字ドミニクが瞬きをして伝えていくときに、「死にたい」というフレーズで、字幕より早く意味がわかってしまって、胸が詰まることだろう。
(2008.1.23 ヤクルトホールにて)
【追記】
しかし、一番びっくりしたのは封筒の破り方の雑さ加減!いくら日本人とそのあたりの感覚が違うとはいえ、私が男性だったら、あんな封筒の開け方をする女性では、百年の恋も冷めてしまう。