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『ハーフェズ ペルシャの詩』

観たくてたまらなかった麻生久美子さん主演の『ハーフェズ ペルシャの詩』に行ってきた。スクリーンから、心を爽やかにくすぐってくれるような心地よい見知らぬ風が吹いてくるようだった。「詩のようだ」というのではなく、ストーリーも映像も詩そのものだ。アボルファズル・ジャリリ監督の、観るときにはなにも考えずに、映像だけを見て欲しい。そうすれば違う世界にいざなわれるはず、という意味の言葉そのものの、素敵な作品だった。

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ペルシャ語も、コーランを朗誦するアラビア語も、1単語すらわからないからという理由もあるだろう、未知の言語の印象的なイントネーションが、「愛の詩」というテーマに沿って、音楽のように漂ってくる。知らない土地、知らない風習、冒頭から世界紀行の番組を見ているのと同じような興味でスクリーンに惹きつけられる。こういう世界だと、声を聞いただけで、一瞬目を見交わしただけで恋に落ちるという夢のような話も納得できてしまう。

人々のありようも、純粋でつつましく従順だ。監禁されても、鞭打ちの刑を受けても、当たり前のように、それを受け入れる。一方、恋が適わぬとわかって、その運命に抗おうとはしないかわりに、心の中の思いだけはひたすらに貫く強さもある。女性の服装というのは、その国に暮らす女性を最も美しく見せるように発達するものだと常々思っているが、麻生さんのまとう衣装が砂漠の風になびく様は、たとえようもなく美しい。

ハーフェズ役のメヒディ・モラディさん、ナバート(麻生さん)の夫役のメヒディ・ネガーバンさん、お二人とも本職の役者さんではないという。でも、まったくそんなことを感じさせず、とくにメヒディ・モラディさんの、ほとんど終始伏せた睫毛が印象に残った。麻生さんは、目鼻立ちのはっきりしたイランの人々に間に入ると、まるで高校生くらいにしか見えない可憐さ。母方の国チベットから戻ってきたために、イランのことをよく知らない役どころだが、そのための天真爛漫さもちゃんと出ていて、とてもよかったと思う。恋の悩みのゆえに気絶する場面や病臥している場面では、さすが"日本三大薄幸女優"の名にふさわしく、痛々しい憔悴ぶりを見せている。

他の国の人々から見れば理不尽な数々のエピソードは、結構クスッと笑いたくなる場面もあるのだが、せつない恋物語の要素に酔っているのか、観客は誰ひとりとして笑わない。ハーフェズに続き、ナバートの夫が自分も鞭打たれてしまう羽目に陥るところや、結婚の誓い直前に息絶えてしまう老婆とか、すぐ告げ口してしまう家政婦や、呑気な牢の看守など、笑ってもいいのではないかと思う場面もたくさんあった。もちろん、ギャグとしての笑いの類ではないが、他国の人からすると、あまりに不可思議な場面は素直に笑ってもよいのではないだろうか。

映画の中で重要な位置を占めている"鏡の誓い"が監督の創作とは驚いた。エンドロールでいったい何度アボルファズル・ジャリリの名前を見たことだろう。ともかく、何でもかんでもご自分でなさる監督だそうだが、作品は監督の意図した世界そのもので、その中で、役者が生き生きと動いている。ハーフェズ自作という設定の詩も一句一句が心を震わせる。

この作品の源泉となる「ハーフェズ」は、うちにあったはずだと家人が言って探し出してくれた。平凡社の東洋文庫『ハーフィズ詩集』だ。昔読んだか読んでなかったか、もう覚えていないが、映画を観てからこれを読むと、また格別の趣がある。

(2008.2.1 東京写真美術館ホールにて)

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