公開時期に敬遠していたために行きそびれていた作品を、やっと昨日観てきた。敬遠していた理由は、脚本の渡辺あやさんが、どうも肌に合わないこと(これまで観た作品に限ってであるが)と、少年少女が主人公である(テーマとして苦手の部類に入る)ということの二つ。それでも大変評判がよいし、私の敬愛する映画評論家の方が、今年のベストワンとおっしゃっていたりするので、やっぱり観ておこうかなと思うようになった。
観た感想は、まず本当に丁寧に丁寧に作られた気持ちのよい作品であるということだ。私の苦手だった渡辺あやさん臭のようなものがなく、ああ、こういう風にも書ける人なのかと、少し見方が変わった。逆説的ではあるが、よい映画にとっては脚本がもちろん優れていなくてはならないとはいえ、映画を一見して「これは脚本が素晴らしい!」という感想が第一に浮かんでくるような作品は、どこかしらバランスが悪い気がするのだ。どこか一要素だけを取り上げて、突出して優れているというのは、作品にとって必ずしも好ましい評価ではないというのが、私の勝手な考えである。その意味で、この作品はどこかが突出することなく、すべてが見事に調和していて、それだからこそ心地よさをもたらしてくれるものになっていると感じた。
山下敦弘監督は、『松ヶ根乱射事件』で、同じように何もない田舎町を描いているが、この作品の世界とは両極端を成している。ご近所の家の箪笥の上から2段目には何が入っているということまで、誰もが知っているような濃密な地域感覚のいやらしさが『松ヶ根―』にはあった。『天然コケッコー』には、それがまったくない。佐藤浩市さん演じるお父ちゃんの、広海の母親に対する偏見や、廣末哲万さん演じる郵便局員シゲちゃんが、葉書の内容までしっかり読んでしまうところなどに、多少田舎町独特のいやらしさは感じるが、それらはサラッと描かれているにすぎず、毒を含んでいるところまでいかない。幸せな人たちの集まりなのである。そういうのどかな世界ではあるが、嘘っぽさがなく、ああこういう地域ってあるんだろうなと自然に思わせてくれるのは、シーンの繋ぎ方が見事なせいだろう。いわゆる思春期の一歩手前か、踏み出しかけた時期の少女の、素直な心の動きが伝わってくるよい作品だと思う。転校してきた男子が、たまたま同学年で、たまたまイケメンで、たまたま両思いになるなんて、やはりファンタジーには違いないだろうが、地に足がついたファンタジーとでも言おうか、嘘っぽさの感じられないところに好感が持てる。唯一気に入らなかったのは、くるりによる主題歌。どうも好きになれない。
客席では、さっちゃん役の宮澤砂耶ちゃんのあどけなさに、感嘆の声が上がっていた。多くの人が言うように、よい作品だと思うが、毒がなさすぎて、私にはちょっと物足りないところもあった。
(2007.11.26 下高井戸シネマにて)